2004年09月08日

『The S.O.U.P』川端裕人

[ Book]

究極のスープ「The S.O.U.P」を求めて,世界中を駆け回る男たちの物語...というのでは全然なくて,かつて「The S.O.U.P」というゲームを作ったプログラマーで現在はセキュリティの専門家が,ネットを利用した陰謀に立ち向かう話.

いくつか納得できない点もあるんだけど(テロリストの目的の意義とか),基本的に面白かった.
ただ,作品の内容上,ネット関連の専門用語がたくさん出てくる.話の内容についていけるだけの説明はあるけど,この分野のことが全然わからない人にはとっつきにくいと思う.同じことがファンタジー関連のことについても言える.

ファンタジー関連のことについては,話の根幹や行動人物の行動に関わってくる関係上,かなり細かい説明がされているし,『指輪物語』については映画化(『ロード オブ ザ リング』三部作ね)の影響でかなり一般的になっているので,ネット関連ほどとっつきは悪くないかもしれない.

でも,もう一つの柱になってる『ゲド戦記』はそんなにメジャーじゃないだろうしなあ(第一作『影との戦い』の内容を知っていれば,「見る石」の魔法の秘密はすぐ分かるはず).もちろんファンタジー好きの間では古典中の古典なんだけど...
しかし,『指輪物語』を初めて読んだときには,ここまで普及(というのか? あるいは一般化?)するとは思わなかったので,もしかすると『ゲド戦記』も有名になるかもね.
でも,『指輪物語』も映画で知っているだけで,原作を読んだ人は少ないんだろうなあ.全9巻の新装版はかなり読みやすいらしいけど,全6巻の文庫版は読むのがつらかった.あれを読んだせいで旅行(特に野宿とかキャンプ)が嫌いになったんだよな...

話がずれてしまったが,ネットとファンタジーの両方の知識があると,この作品をもっと楽しめるはず.

最後にお気に入りのシーンをいくつか.

 彼はおそるおそるペットボトルを巧に差し出した。巧は無意識に手を出した。自分の手がすーっと伸びて彼の手から受け取るのを、まるで映画のシーンを観るようにただ見つめていた。たったそれだけのことで、均衡が破れた。
「い、一緒に飲もうと思って……」
 巧は自分もそれと同じで良いと思った。何か際立ったことを成し遂げることがあるとしたら、それは自分自身の小ささゆえなのだ。居心地のいい穴倉で暮らしながら、本当に必要な時、必要とされたときにだけ、外に出て旅をするのだ、と。
 そして、今がその時なのかもしれない。ちょうどガンダルフがフロドの穴倉を訪ねて物語が始まるように、巧の穴倉を光が訪ねてやってきた。光が巧を見つけて、望んでくれた。世界を破滅から守る指輪の戦いよりはずっと小さいにせよ、彼らなりに大切なものを守り生きていくための『指輪物語』が、始まろうとしているのだ。
表面からは見えないが実は一貫した暗黙のシステムが、背後に無ければならない。それが「真の名」であり「真の言葉」だ。見えるものだけでなく背後にあるものすべてを考えつくして創造すること。それらが、真似事や、背伸びしたものではなく、自分自身に根付いたものであること。それが大切なのだと了解できた。

こうやって引用してみると,好きなシーンが集中してるなあ.
まあ,このあたりは主人公の世界が変わっていくシーンだから,それも仕方がないか.

図書館で借りた本なんだけど,手元に置いておいてもいいかな.でも読み返すかどうかは疑問だから,古本屋でチェックして,安かったら買うことにしよう.