2004年08月02日

『盤上の敵』北村薫

[ Book]

TVディレクターである主人公が妻と暮らす自宅に猟銃を持った殺人犯が立てこもった.
主人公は警察に無断で勤務先のTV局のワイドショーに情報を提供する.
しかし,それは自身の手で事件を解決し,妻を救うためだった...

北村薫といえば,人が死なないミステリーである「円紫師匠と私」シリーズや,殺人事件を扱うことはあっても全く重くない「覆面作家」シリーズ,実は未読の「時と人」三部作などで有名で,その作風が非常に優しいことで知られているが,これは違う.私は文庫版で読んだのだが,ノベルズ版の前書きとしてこのようなことが冒頭に書かれている.

あらかじめ,お断りしておきたいのです.今,物語によって慰めを得たり,安らかな心を得たいという方には,このお話は不向きです―と.

確かにそれまでの北村薫の作品のような優しさを期待しているとキビシイかもしれない.
でも,北村薫以外の世の中には,この程度のブラックというかダークな話は溢れているので,そちらの方向を期待して読むとガッカリするかもしれないし,逆に敬遠して読まないでいると損をするような気がする.

この作品の本質は,そういうダークさではなく,ストーリーの展開にあると思う.
この作品は寝る前に読んでいたのだが,区切りのいいところでやめようとしたところ,区切りのいいところがちょうど急展開の箇所だったため,そのまま眠気を忘れて一気に読了してしまった.
文庫の裏表紙にあった紹介文には「誰もが驚く北村マジック!!」とあるのだが,確かに驚いた.全く予想できなかった.

で,陰惨な話のわりには読後感はなぜか良かったりする.前回紹介した宮部みゆきの『誰か』と好対照といえる.
これは話の配置のせいもあるんだろうけど,『誰か』で描かれる悪意が日常的なものであるのに対して,こちらで描かれる悪意はそれよりも非日常的だからだろうか.
まあ,最近の世の中の動向を見ていると,『盤上の敵』的な悪意も少しづつ日常化しつつあるような気がしないでもないが.