2004年10月01日

『第六大陸 全2巻』小川一水

[ Book]

 賢明で実際的な考えを持つ一部の人々は、気づいていた。この問題は、決断してから動くような性質のものではないのだ。議論だけをすることは、船もないのに隣の島に渡るかどうかを相談するようなものだ。まず船さえあれば、水が低きに流れるように、行きたい人は行くだろう。金がかかるというなら金を儲けられる船を造ればいいだろう。十分な船が揃えば、金にならない航海も可能になる。
 宇宙へ人を送って儲けることさえできれば。

と,いきなり引用から始めたが,今回の記事は民間企業による有人宇宙飛行成功記念ということで,民間企業による月面開発計画を描いた『第六大陸』の紹介.

民間企業による宇宙飛行成功といっても高度100キロを超えた程度で,月面開発などはまだまだ先の話.
なので,『第六大陸』もドキュメンタリーなどではなくSFなのだが,科学考証を厳密に行っているハードSFの類であることに加え,冒頭の引用からも分かるように「コスト」「経済性」という側面を非常に重視しているため,かなりリアルな話になっている.

大きな夢を見ることは大事だと思うが,夢を叶えるためにはコストがかかるというのが現代社会.
なので,本当に夢を実現したい,何かを成し遂げたいというのであれば,「熱い想い」で突っ走るだけでは夢は儚く終わってしまうだろう.
だから,「夢」や「熱い想い」をもつだけでなく,その夢を実現するためのコストをどうやって調達するか,あるいは,そのコストをいかにして小さくするか,という「クールな思考(あるいはシビアな銭勘定)」ができることが必要になるんだろう.

この作品は経済性を考慮したハードSFということで,専門用語や細かい数字が多数出てくるのでカタイ話と思うかもしれない.
確かにそういう側面もあるのだが,ヒロインは孤独な天才お嬢様(初登場時は12歳?)で,月面に造ろうとしているのは実は○○○場という,真面目なSFとは思えないところもある.
しかし,そういう整合性のなさそうな設定や色々な伏線をキッチリ拾って繋げていく作者の手際はお見事というしかない.

ということで,いつものように気に入った箇所の引用を.

「未熟者だから工程に念を入れる。念を入れるからコストがかさむ。コストがかさむから仕事が来ない。仕事が来ないから経験値が上がらない……」
「悪循環だ、くそっ」
「わたしたちが彼らと仲良くできるって、信じてるんですね」
「もちろん、努力は必要だろうけどね。でも、努力せずにお付き合いすることなんか、誰とだって不可能じゃないか。出会って、話をして、誤解があって、それを乗り越えて……そのうちきっと、親しくなれるさ。あかの他人から、知り合いになって、友達になって、そして……」
「恋人同士に」