2007年05月16日

『ひとがた流し』北村薫

[ Book]

アナウンサーで独身の「千波」,小説家でバツイチの「牧子」,同じくバツイチだが現在は再婚して夫である写真家をサポートしている「美々」.
高校からの友人で,現在は家族ぐるみのつきあいをしている3人とその家族に訪れる事件と転機...
松山市立中央図書館所蔵.

このところ,「北村薫=日常の謎系の作家」というイメージも徐々に崩れつつあるが,本作も日常の謎系のミステリではなかった.
というのも,描かれているのは基本的に日常生活ではあるものの(写真家やアナウンサーの生活を「日常」といえるのかどうかは疑問だが),謎の要素がかなり薄いため.

本の宣伝文に堂々と書かれているのでネタバレにはならないと判断して書いてしまうと,いわゆる「不治の病もの」に属するタイプ.
主人公の一人が不治の病にかかってしまい,それを本人や周囲の人がどう受け容れていくかという話が一つの骨格.

しかし,他の登場人物それぞれにもストーリーがあり,視点が頻繁に変わっていくので,全体的には思ったほど不治の病ものっぽくはないのかな.
不治の病ものは読んでいて辛くなるので,あまり読まないのだが,他のストーリーの存在&主人公の性格&考え方のおかげで,それほど湿っぽくなっていないような気がする.

ただ,もともとは新聞に連載されていた小説らしく,読者を飽きさせないための工夫だったのか,視点が頻繁に変わってくわけだが,その副作用か,「一本の作品を読んだ!」という充実感がちょっと弱いように思えた.

ちなみに第136回の直木賞候補だったのだが,この回は受賞作なし.
この回は『一瞬の風になれ』も候補だったのだが,私が選ぶとすれば,直木賞にふさわしいとすれば本作の『ひとがた流し』だけど,面白さで選ぶなら『一瞬の風になれ』という感じかな.

なお,不治の病ものということで,病院やら入院のシーンが出てくるのだが,身寄りのない独身女性は入院するのも大変だ,という感じで描写されている.
で,タイムリーなことに,この本を読んで数日後には入院する羽目になったわけだが,確かに大変だった.
私の場合,身寄りがないのではなく(家族の半数近くは大阪で健在のはず),単に松山にいないだけなのだが,私が入院した病院では保証人の条件が「松山市内に在住」となっていたので,本当ならば家族は保証人になれなかった.事情を説明したところ,そう簡単に死にそうにないと判断されたためか,大阪の家族を保証人として登録させてもらったが,これが重い病気とかだとどうなってたのかなあ...