2007年02月06日

『安徳天皇漂海記』宇月原晴明

[ Book]

名ばかりの将軍として鎌倉で和歌に打ち込む「源実朝」は,怪しい術を使う怪人「天竺丸」によって江ノ島に導かれる.
そこで実朝が見たものは,壇ノ浦で入水したはずの「安徳天皇」を包み込んだ巨大な琥珀だった.
夢を通じて実朝を誘う安徳天皇を鎮めるため,実朝が下した決断とは...

『黎明に叛くもの』の作者による歴史ファンタジー.
本作に先立つ3作は戦国時代を舞台にしたものだが,本作の舞台は鎌倉時代の日本(第1部)と南宋(第2部)で,それぞれ源実朝とマルコ・ポーロが主人公になっている.
ベースとなる史実があって,その裏側がでどんなドラマが繰り広げられていたのかを描くという話の構造は『黎明に叛くもの』と同じ.

タイトルからして,澁澤龍彦の『高丘親王航海記』と関連がありそうだというのは分かるのだが,そちらはタイトルを知っているだけで内容はよく知らない.
まあ,高丘親王についての話は作中でちゃんと説明されているので,そのあたりはあまり気にしなくていいだろう.

で,内容のほうだが,南宋や当時の世界情勢がどうなっていたのかをよく知らないので,第二部はちょっと入り込みにくいところがあったのだが,第一部が凄かった.
源実朝というと,日本史の教科書でチョロっと出てくるだけの将軍で,和歌とか蹴鞠ばっかりしていたボンクラ将軍のイメージしかなかったのだが,最近の研究ではそうでもなかったということが明らかになっているらしい.
そのあたりの事情にも触れてはいるのだが,何よりも圧巻だったのは作中で頻繁に引用されている実朝の和歌.

炎のみ虚空に満てる阿鼻地獄ゆくへもなしというもはかなし

とか

大海の磯もとどろに寄する波破(わ)れて砕けて裂けて散るかも

とか,今まで私が持っていた和歌のイメージを大きく変えるような和歌が多数.
ストーリー展開も,史実と虚構を巧みに組み合わせていて,見事というより他はない.

ただ,歴史ファンタジーというジャンルからして,読む人をかなり選びそうではある.
第135回の直木賞候補ではあったのだが,ジャンル的に直木賞には選ばれないだろうと思っていたら,やっぱり選ばれなかった.
まあ,最近の直木賞を受賞するよりは,山本周五郎賞を受賞する方が評価が高そうだと思うのは私だけだろうか.

最後に気に入った箇所を引用.

わが末裔よ

汝の怨み、汝の怒り、汝の哀しみのすべてを、その剣のごとく胸に抱いて離すな。汝の無明もまた、二つとなき汝の一部であるから

そうして、果てしなき時の果てに、ついに知れ。汝の無明は汝の抱いた剣のごとく幻にすぎず、ならばこそゆかしき宝であることを